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三池純正「歴史はこんなに面白い!」

「悪人」石田三成は、女性と見紛う優男だった!「冷たい官僚タイプ」はデタラメ?

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 その頭蓋骨は、当時の京都大学解剖学研究室の足立太郎博士の手で鑑定されることになった。長い年月を経ているため、頭蓋骨にはかなりの破損が見られたが、足立博士はそれを丹念につなぎ合わせて完全なかたちに仕上げた。さらにこの時、三成の頭蓋骨の石膏模型も併せてつくられたという。

 また、墓からは頭蓋骨だけではなく、体の骨である四肢骨も発見されたことから、三成の骨格もある程度判明した。

 足立博士は、初めてその骨を見た時、女性の骨だと思ったという。三成の骨格は、それほど華奢だったのだ。そこから、三成は優男で腺病質(体格が貧弱で虚弱体質な子供)だったことが推定された。

 さらに、三成の歯は極端な反っ歯で、頭のかたちは現代人にはない長頭であり、骨から推定される三成の身長は156センチほどであった。

イメージを覆す、三成の復顔

 つまり、三成は現代の我々とくらべて頭が長く、反っ歯で、身長が低く、華奢な体つきだったということになる。

 ただ、人類学者の鈴木尚氏によれば、当時は長頭や反っ歯はよくあることで、家康の三男で二代将軍の徳川秀忠も、三成と同じ156センチ程度の身長だったという。三成は当時としては標準的な体型であり、背もそれほど低くなかったことがわかる。

 しかしながら、骨格が華奢だったため、三成は実際の体型より細く小さく貧弱に見えた可能性はあるという。

『淡海古説』という江戸時代の書物には、三成の風貌について「やせ身にして色白く、透き通るが如し、目は大きく、まつげ甚だ黒し、声は女の如し」とあり、前述の鑑定結果はこのイメージに近いものといえる。

 関ヶ原の合戦を企て、天下人・家康を相手に互角の戦いを繰り広げた三成は、実は華奢で小柄な男性だったのだ。

 残念なことに、この時つくられた三成の頭蓋骨の石膏模型は、第二次世界大戦中の混乱で失われてしまったが、細かな寸法などを記した資料は、戦火を免れて今日まで残っていた。

 三成研究家の石田多加幸氏は、この調査資料を元科学警察研究所主任技官長の安周一氏のもとに持ち込み、三成の顔の復元を依頼した。骨だけが残された遺体から顔を復元し、警察の捜査資料にする復顔技術を応用したのである。

 この時復顔された三成の顔は、昭和51年に「甦った石田三成の顔」として発表された。

 それを見ると、これまで伝えられてきた肖像画とは異なり、意志の強そうな、それでいて柔和な優しい顔が写っている。従来のイメージとされてきた冷たく官僚的な三成ではなく、温かな心を持った教養人を彷彿とさせる。

 三成は、同じ豊臣秀吉の子飼いの重臣で武功派といわれた福島正則や加藤清正に嫌われていたというが、武士らしからぬ繊細で華奢な彼の体型も、その理由のひとつだったのかもしれない。
(文=三池純正/歴史研究家)

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