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江川紹子の「事件ウオッチ」第115回

【安田純平さん解放】「自己責任」論をめぐる不毛なバトルだけで終わらせないために

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 そればかりか、シリア関連の民間団体から身代金が支払われたとの情報が流れると、なんの裏取りもされておらず、真偽不明であるにもかかわらず、あたかも真実であるかのように扱う者も少なくなかった。彼らは、日本国が多額の金を支払ったかのように信じ込み、安田さんを「身代金ビジネスの共犯だ」「テロ組織の共犯者だ」と罵倒する発言も飛び交った。

 こうした現象が起きるのは、政府あるいは国に従順でなさそうな者は、とりあえず叩いておくのが、現政権を支持する人たちのパターン化した行動、いわば惰性となっているからだろう。本人の言動を確かめることなく、事実を確認することもなく、バッシングに利用できる情報はなんでも使う。

 そのため、安田さんが記者会見で「私自身の行動によって、日本政府が当事者にされたこと」を謝罪し、外務省の対応にも「感謝」を述べたことで、「自己責任」バッシングはしぼんでいった。とてつもない体験を謙虚に、淡々と語る安田さんの前に圧倒された、というのもあるかもしれない。「今日の会見で、安田氏が自己責任をきっちり認めたので、この件では批判するのをやめます」と宣言するツイートもあった。

 事実として問題があるから批判するのではなく、とりあえず叩く。そうした人たちには、安田さん支持者の中にも、根拠を示さず政府を批判したり安田さんを英雄視したりする論調があったのは、大いにエネルギー源になったようである。

 安田さんの無事が報じられた翌朝の10月24日、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)で、テレビ朝日解説員の玉川徹氏は、早くも流れ始めていた「自己責任論」に対し、ジャーナリストを兵士にたとえ、次のように述べた。

「兵士は国を守るために命を懸けます。その兵士が外国で拘束され、捕虜になった場合、解放されて国に戻ってきた時は『英雄』として扱われますよね。同じことです。民主主義が大事だと思っている国民であれば、民主主義を守るためにいろんなものを暴こうとしている人たちを『英雄』として迎えないでどうするんですか」

 国の命を受けて戦地に赴く兵士と、自分の意志で現場に向かうジャーナリストは、本質的に異なる。それをいっしょくたにした物言いは、安田氏を非難したい人たちに、格好の攻撃材料を提供した。「ひいきの引き倒し」「親方思いの主倒し」とは、こういうことを言うのだろう。

 ツイッターなどでは「安倍政権の無策」を非難する発言が多数流された。「日本政府の無能無策は厳しく糾弾されなければなりません」「日本政府は3年も無能無策だった」「ネット上で安田さん叩きが起こっているのは、日本政府の無為無策を批判されたくないからなのか」「日本政府の無策は批判されて当然。最後に手柄だけを横取り」……「無策」が政府批判派の合い言葉だったようだ。

置き去りにされた安田さんの真意

 しかし、日本政府がまったく動いていないのに、カタールやトルコが独自に安田さん救出に動いたという状況は、普通に考えればありえないのではないか。特にトルコは、「違法に」出国した安田さんの身柄を拘束し、取り調べ、裁判等にかけて処分することも可能だったのに、速やかに出国させる配慮をした。これは、日本政府からの働きかけがあったとしか考えられない。

 解放までのプロセスに、日本政府がどの程度関与できたのかはわからない。全然貢献できていない可能性も高いのではないかと思う。だが、それでも、カタールやトルコに協力を依頼し、それが奏功したのが事実なら、「無策」とはいえない。

 そもそも、今回のようなケースで、日本の政府ができることは本当に限られている。外務省は情報収集に努めたようだが、得られた情報の内容は安田さんが実際に置かれた状況とは違うものも多かったようだ。あたかも犯人側にパイプがあるようにして近寄ってくる人もいる。情報の真偽を見抜くのは難しいに違いない。

 安田さん自身、記者会見でこう語っている。

「それについて私も理解していますので、外務省の努力に対して私自身、何か不満に思うことはないし、その間家族のケアもしていただきました。本当にありがたいです。その旨、アンタキヤの施設で外務省の方が来て私の身元確認をしたときに、最初の言葉として伝えました。持っている限りの情報を提供するとも伝えました」

 具体的にやるべき事を政府がしていない事実があるなら、それを指摘して大いに批判すべきだが、それもないままに「無策」などと罵倒して、いったいなんのプラスがあるのだろうか。

 そもそも、それを言っている人たちは、担当者たちの行動については、どれほど知っていたのか。敵と味方をきっぱり分け、敵を叩くためには、事実はどうでもいいというメンタリティは、安田さんを「身代金ビジネスの共犯」扱いした人たちと、あまり違いはないように見える。

 つまり今回の「自己責任」騒動は、安田さん本人の考えや事実をよそに、政権支持派と批判派の間で展開された空中戦だったのではないか。それを象徴するのが、解放直後の安田さんの言葉を巡る応酬だった。

 解放後、イスタンブールに向かう飛行機の中で安田さんは、NHKのカメラの前でこう述べた。

「あたかも日本政府が何か動いて解放されたかのように思う人がおそらくいるんじゃないかと。それだけは避けたかった」

 解放直後で「日本語は3年以上話しておらず、言葉を探すのに苦労している」という状況で、短時間のやりとりで語ったものだが、これは双方の陣営にとって、格好の“ネタ”になった。

 安田さんを「英雄」視する政権批判派は、それを政府批判と受け止めて、「よく言った」と激賞。そのツイートは多数リツイートされた。一方のバッシング派からは、「恩知らずにもほどがある」「助けられた分際で、何様のつもり?」といった非難だけでなく、「二度と日本に帰ってくるな」「死ねばよかったのに」といった罵倒まで大量に飛び交った。なかには、かなり差別的な物言いも見られた。

 どちらも、本人の真意とはかけ離れた理解に基づくものだったようだ。安田さんは、記者会見の後に応じたNHKのインタビューで、発言の真意について、こう述べた。

「身柄の引き渡しという解放のかたちは、何かしらの対価があったように見え、身代金が支払われたとしたら、私はそれは望んでいなかった」

 記者会見で、「日本政府が当事者にされたこと」を詫びたこと、家族にも身代金の支払いは拒否するよう暗号で指示を送っていたことなどを考えれば、政府が当事者となり、対価の支払いがあったと疑われる外観ができてしまったことに対する忸怩たる思い、自責の念を吐露した言葉だったことは、明らかだろう。

 本人の意図はさておき、自分たちの尺度だけで持ち上げたり、非難したりしていた人たちは、どちらも猛省すべきだと思う。それにしても、少し待って真意を確認してから論評すればいいのに、情報が入ると条件反射的な反応をする昨今の風潮は、人から「待つ」という時間や心のゆとりを奪っているのではないか。

不毛な議論に終止符を

 記者会見で安田さんは、自身に対する批判を受け入れると共に、こう言った。

「事実に基づかないものもあるように思いますので、あくまで事実に基づいたものでやっていただきたい」

 批判だけでなく、自らへの称賛に対しても同じ思いなのではないか。安田さんの拘束・解放を巡っては、「自己責任」のほかに、戦場など危険を伴う地域にジャーナリストが取材に行く「必要性」についても、さまざまな意見が飛び交った。街頭インタビューで「そういう情報は僕には必要ない」という若者もいたし、「現地の人がSNSとかで発信してるんだから、わざわざ行く必要はない」という声も、ネット上ではいくつも見た。

 これについて、安田さんは記者会見で以下のように答えている。

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