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日本電産、昨年社長退任の永守氏の復帰説くすぶる…次々と去った後継者候補たち

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日本電産本社(「Wikipedia」より)

 日産自動車のカルロス・ゴーン前会長の特別背任容疑を受け、経営者の“賞味期限”があらためて問われている。華々しい実績を上げた花形経営者が、退き際を間違えて晩節を汚すどころか若き日の高名をまったく無にしてしまうことが往々にある。本田技研工業(ホンダ)の創業者、本田宗一郎氏の鮮やかな引退が“神話”として語り継がれているのは、それほど出処進退の決断が難しいということだ。

 オーナー経営者といえども、経営を誰かに継がせる時期が必ず来る。そのタイミングこそが、経営者としての賞味期限といえる。

 日本電産は2018年6月20日に開いた株主総会で、永守重信会長兼社長が会長兼最高経営責任者(CEO)に就き、吉本浩之副社長が社長兼最高執行責任者(COO)に昇格した。

 永守氏は強烈なカリスマ性で日本電産をグローバル企業に育てた創業者だ。終身社長とみられていたため、サプライズな社長交代となった。永守氏は会長として買収戦略など経営の中枢を担いながら、大学の経営などにシフトし、一部の業務を吉本社長に託す考えを示した。

 吉本氏はプロパー社員ではない。1991年に大阪大学人間科学部を卒業、日商岩井(現双日)に入社。2002年にはカーネギーメロン大学で経営学修士(MBA)を取得した。カルソニックカンセイを経て、12年に日産自動車へ入社。タイ日産自動車の社長を務めた。

 15年3月に日本電産へ移ると、その2カ月後には日本電産トーソクの社長に起用され、翌16年には日本電産の副社長執行役員に昇格、そして18年に社長になった。異例ともいえるスピード出世ぶりである。

「経営力を見るには、ダメな会社を再生させてみたらわかる」

 永守氏が社長交代の会見で、こう語った。吉本氏は、初めは日本電産トーソクの社長として同社を、その後は本社の車載事業本部を成長軌道に乗せた。

 自分より20歳以上も若い吉本氏について、「その当時の私の経営のやり方より、彼のほうが優れているんじゃないか」と評価した。

 永守氏の経営を象徴するキーワードは、「マイクロマネジメント」。部下に対して細かく管理・指示することで、現場の生産性を最大限に引き出すというものだ。この手法によって、日本電産は買収を重ねながらグローバル企業に成長した。吉本氏は、日本電産トーソクと車載事業の経営の第一線でマイクロマネジメントを実践したことが、永守氏のお眼鏡に適ったということなのだろう。

 当面は、集団指導体制に移行する。永守氏は、「(役割分担は)まずは7割と3割でいくが、数年かけて逆転させていく」と、段階的に権限を委譲する考えだ。

新社長の目標は21年3月期の売上高2兆円

 日本電産の合議制の実験が始まった。最高執行責任者(COO)の吉本社長をはじめ、最高技術責任者(CTO)の片山幹雄副会長(元シャープ社長)など、「C(チーフ)」の肩書きを持つ5人の役員が集う「COO会議」を毎週開き、議論の上で最高経営責任者(CEO)の永守会長の決裁を得る合議方式の集団指導体制である。

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