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福島原発事故で町民の99%がいまだ町外避難の浪江町、異例の町長選が私たちに問う問題

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福島県浪江町長選挙

 異例づくめの戦いに幕が下りた。

 8月5日投開票の福島県浪江町長選挙。吉沢正巳候補(無所属新人/非営利一般社団法人「希望の牧場・ふくしま」代表)と、吉田数博候補(無所属新人/前浪江町議会議員)が一騎打ちで相まみえた。

 組織力で勝る吉田氏が5231票を得て当選。吉沢氏は1282票と、4000票近く離された。この差を受けて吉沢氏の主張を「浸透しなかった」と報じたメディアもあったが、果たしてそうだろうか。

 浪江町は福島県浜通りの北に位置し、双葉郡に属する自治体。東京電力福島第一原子力発電所にほど近いが、町内には原発の立地がなく、電源三法による交付金は受け取っていない。建設が予定されていた浪江・小高原子力発電所は1970年代からの草の根の反対運動で着工は繰り延べとなってきた。

 にもかかわらず、浪江町は2011年3月11日の原発事故で甚大な被害を被った。事故当時、同町の人口は2万1542人。今年5月31日現在、住民基本台帳上の人口は1万8256人だが、実際の居住人口は234人にとどまる。避難のため、町民は全国に散り散りになっている。現在も町の全人口の98.72%が町外に避難したままだ。

 復旧・復興の陣頭指揮に当たってきた馬場有前町長が6月17日、体調不良を理由に辞職願を提出。30日付の辞職を待たず、27日に死去した。

高まらない有権者の関心


 7月26日告示の町長選には吉沢、吉田両候補が出馬。吉田氏は事実上、馬場氏の後継候補とみなされていた。町議としての経験を生かした「ふるさと再生」を掲げ、(1)被災町民の生活再建、(2)ふるさと浪江の再生・再興、(3)被災の経験を次世代に引き継ぎこれからの日本に生かす──を3つの柱とする。だが、選挙戦で目についたのは「弔い」の旗印だ。

 吉沢氏は原発事故後、「生き証人」である被曝牛300頭を牧場で世話してきた。事故発生後の11年3月18日、真っ先に東京電力本店に乗り込んだ当事者でもある。

 主な公約は、(1)東電慰謝料の月50%増額、(2)汚染水の海への放出絶対反対、(3)「浪江オリジナル」の燃料生産農業──の3つだ。

 町民が離散していることから、通常は5日間の選挙期間が10日間となった。吉沢氏は浪江町内はもちろん、福島県内、県外を問わず精力的に回った。「浪江町民がどこに住んでいるのか」を掘り起こしながらの活動。個人情報保護の壁もあり、作業は容易ではない。

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